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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)8662号 判決

原告 三晃運輸株式会社

右代表者代表取締役 此田光助

右訴訟代理人弁護士 笠井盛男

被告 乾倉庫株式会社

右代表者代表取締役 乾豊彦

右訴訟代理人弁護士 瀬沼忠夫

主文

被告は、原告に対し、金一、四五三、一〇六円およびこれに対する昭和三九年九月一九日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、原告において金四五〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

第一当事者双方の申立て

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金一、五二五、七六一円およびこれに対する昭和三九年九月一九日から右完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告の主張

(請求の原因)

一  原告は物品の運送業を、被告は倉庫業を営む会社である。

二  原告は、被告に対してスクラップ化作業ならびに保管を委託し、昭和三九年三月二四日、ブラス・コンデンサー。チューブ・スクラップ(以下「本件物件」という。)二四、〇四五キログラムを横浜市中区新山町所在被告会社横浜支店保税工場に入庫した。

三  右のクスラップ化作業が完了したので、原告は、同年五月八日、被告から本件物件の引渡しを受けて出庫したところ、本件物件は一五、四三八キログラムしかなく、被告の保管中に差引き八、六〇七キログラムの重量不足が生じていた。

四  右被告の債務不履行により、原告は、別紙計算書記載のとおり、合計金一、五二五、七六一円の損害を蒙った。

五  よって、原告は被告に対し右金一、五二五、七六一円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三九年九月一九日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(抗弁に対する答弁)

一  被告主張のごとき倉庫寄託約款が存在することは認める。しかし、同約款中責任の減免、消滅に関する規定は、倉庫営業者に対する商法定上の厳格な責任に関する規定を全く空文化し、契約自由の名の下に実質は極めて不公平な結果を寄託者に強要するものであるから、信義則に違反し、無効である。

二  仮りに同約款の規定が有効であるとしても、

1 前記原告の蒙った損害は被告の下請けとしてスクラップ化作業に従事していた者が本件物件の一部を盗取したことによって生じたのであって、少くとも被告の重大な過失によるものであるから、被告は同約款三八条によっても賠償の責任を免れない。

2 同約款四四条にいう「留保をしないで受取った後」の「受取った後」とは受寄物の数量を確認して引渡しを受けた後と解すべきところ、被告の倉庫には本件物件をトラックごとに秤量する計量器がなかったのであるから、しかるべき他の秤量所で重量を確認してはじめて完全な引渡しを受けたというべきである。すなわち、原告は出庫に先立ち、あらかじめ海事検定協会に連絡しておき、最寄りの新港日本冷凍において右協会員立会いのうえ秤量の結果重量不足を確認したので、直ちに被告倉庫に引返し、被告に対して重量不足のクレームを通知しているのであるから、少くとも「留保をつけて引渡しを受けた」というべきである。

第三被告の主張

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因第一項の事実は認める。

二  同第二項の事実のうち、被告がスクラップ化作業の依頼を受けたことは否認するがその余の事実は認める。

三  同第三項の事実のうち、本件物件に重量の不足が生じたことは否認するがその余の事実は認める。

四  同第四項の事実は争う。

(抗弁)

原告被告間における本件物件の寄託契約については昭和三五年二月一日制定の倉庫寄託約款(以下単に「約款」という。)の適用を受けるところ、

一  約款三八条は「寄託者に対して被告が賠償の責任を責う損害は、被告またはその使用人の故意または重大な過失によって生じた場合に限る。被告に対して損害賠償を請求しようとする者は、その損害が被告またはその使用人の故意または重大な過失によって生じたものであることを証明しなければならない。」旨を規定し同規定は商法六一七条の特則をなすものである。したがって、原告において、右の故意または重大な過失を主張立証しないかぎり被告は賠償の責任を免れる。因みに被告は、本件物件を保管するにつき、守衛に見張りをさせたほか、特にこのために塀をつくり、夜間は湘南ワッチマン株式会社のワッチマンに見張りをさせ保管に注意を払っていたのであるから、被告またはその使用人に重大な過失はなかった。

二  仮りに被告またはその使用人に重大な過失があるとしても、同約款四四条は、「当会社は、寄託者が留保しないで寄託物を受け取った後は、その貨物の損害について責任を負わない。」旨を規定している。しかるところ、原告は五月八日原告の社員佐藤某に出荷指図書を携行させて本件物件の引渡を求め、同日午前一〇時頃訴外藤木企業のトラック三台に積込み、なんらの留保もしないで出庫した。したがって、右規定により被告の賠償責任は消滅した。

三  仮りに、被告が本件物件の減量につき賠償責任があるとしても、約款四二条は、「受寄物の滅失による損害に対する被告の賠償金額は、損害発生当時の時価、発生の時期が不明であるときは、発見当時の時価により損害の程度に応じて算定する。」旨を規定しているから、原告の本訴請求のうち本件物件の重量不足による損害発生当時の時価をこえる請求は失当である。

第四証拠関係≪省略≫

理由

一  原告が物品の運送業を営む会社であり、被告が倉庫業を営む会社であることは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、原告は、金正又一株式会社から本件物件の陸揚げ、関税手続、同会社の指定する納付先までの輸送一切を引受け、本件物件をスクラップとして輸入申告したが、税関においてこれをスクラップと認めず、中古品と認定したので、保税工場において解体作業をすることになったこと、そこで原告は、即日、被告に対し本件物件のスクラップ化ならびに保管を託し、昭和三九年三月二四日本件物件二四、〇四五キログラムを横浜市中区新山町所在被告の保税工場に入庫したこと(原告が昭和三五年三月二四日被告に対し、本件物件二四、〇四五キログラムを被告に寄託し、入庫したことは当事者間に争いがない)、右保税工場は野積場で、有刺鉄線で区切ってある程度のところであったので、被告は盗難防止のため公道に面した側に高さ約六尺のトタン塀をつくり、夜間は湘南ワッチマン株式会社に依頼して毎日一名の警備員による警備をさせたうえ、被告スクラップ化作業を村上金属に下請させ村上金属が常時二、三人の従業員を使って、右保税工場においてこの作業を行ったこと、原告は被告からスクラップ化完了の通知を受けたので、同年五月八日午前一〇時頃原告の社員大沼芳男をして出庫指図書、税関搬出届を所持して原告の下請け業者である富士企業のトラック三台を伴い右保税工場に赴かしめ、本件物件を出庫してこれを右保税工場から約一、〇〇〇メートル離れた新港日本冷凍食品検査協会秤量所において海事検定協会の検定員立会いのうえ検量し、東京の納付先へ運搬の予定であったこと、大沼は、午前一〇時頃からトラックに積込みをはじめ午前一一時四五分頃三台目のトラックに積込みを終り、出庫したが(原告が同日本件物件を出庫したことは当事者間に争いがない。)、一台目のトラックを午前一〇時四〇分頃に出庫させたとき立会っていた人から「荷物が少いのでないか」と注意されたので、原告の専務取締役此田修康にその旨報告し、此田はこの報告を聞いてただちにトラックが東京へ向うのを中止するように指示したこと、新港日本冷凍食品検査協会秤量所における海事検定員立会いのうえの検量の結果トラック三台分の本件物件の合計重量が一五、四三八キログラムしかなかったこと、そこで、三台のトラックは同日午前一二時三〇分頃右保税工場に引き返し、同所で被告の従業員加藤敏弘立会のうえさらに検量したところ右減量の事実が確認されたこと、そしてその後前記村上金属の従業員として解体作業にあたった者が本件物件の一部を盗取した嫌疑で警察の取調べを受けたことがそれぞれ認められ、証人加藤敏弘、同田島音次の証言中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上認定の事実を総合して考えると、本件物件八、五〇三キログラムの重量不足は被告が原告から本件物件のスクラップ化ならびに保管の委託を受け、その保税工場において保管中、右スクラップ化を下請させた業者の作業員の一部盗取によって生じたものと認めるのが相当である。

二  よって、被告の抗弁について判断する。

1  責任の減免消滅に関する約款の規定の効力について

原告被告間において本件物件の寄託契約に適用される約款が存在することは当事者間に争いがないところ、原告は、約款のうち、責任の減免消滅に関する規定は、倉庫営業者に対する商法の厳格な責任に関する規定を全く空文化し、契約自由の名の下に実質上不公平な結果を寄託者に強要するものであるから、無効であると主張する。

しかしながら、約款三八条は、商法六一七条に規定する免責事由につき、倉庫営業者またはその使用人の故意または過失によって生じた損害に限るとして軽過失を除外し、かつ、立証責任を転換してこれを賠償請求者に負担せしめたものであり、また約款四二条は、その賠償額を定型化したものであり、さらに約款四四条は、同法六二五条により準用される同法五八八条の責任の特別消滅事由につきその消滅の時期を倉庫営業者のため有利に規定したものであって、いずれも顧客に不利なものであることは否定することができないが、右の商法の規定がいずれも任意規定であること、倉庫営業の危険性と経済性にかんがみ、責任減免の必要性が肯認されること、倉庫寄託約款が行政庁の監督に服するものなること(倉庫業法八条)等を考慮し、右の程度の約款の規定は、信義則ないしは権利濫用の原則に違反するものではなく、有効であると解するを相当とする。

2  被告の「故意または重大過失(約款三八条)」について

倉庫営業者は受寄物の保管に関し善良な管理者の注意をなすことを要し、ことに前示のように高価な受寄物のスクラップ化のため、これを下請させるような場合には盗難事故が生じないようにその作業員の監視を強化する等特段の予防処置を講ずべき義務がある。しかるに被告は、前示のとおり、保税工場のうち公道に面した側に高さ約六尺のトタン塀をつくり、夜間は湘南ワッチマン株式会社に依頼して毎日一名の警備員による警備をさせたのみで、他に特段の措置を講じたことを認めるに足る証拠はない。したがって、被告は右注意義務を怠りそのため本件物件のスクラップ化を下請させた業者の作業員の一部盗取にあったものというべく、前示本件物件の重量不足は、被告の保管上の重大な過失によって生じたものといわなければならない。

3  「留保しないで受取った(約款四四条)」について

証人此田修康および同田島音次の各証言によれば、原告が本件物件を被告の保税工場に入庫するに際して被告倉庫の台秤で計量しようとしたが、被告倉庫の台秤は一五トンが検量限度で実際上は一三トンまで位しか計量できないので、原告は、入庫に際し四台のトラックのうち一台は富士建設車輌の台秤で計量したが、本件物件の庫出しにあたっても、これを搬出したトラックの自重が六トン程度もあって、入庫のときと同様、被告倉庫の台秤で計量できなかったので、最寄りの新港新日本冷凍食品検査協会秤量所において海事検定員立会のうえ検量し、その結果、前示のように、重量不足の事実が確認されたので、原告の専務取締役此田修康が同日ただちに右重量の不足があるを被告従業員加藤敏弘に通知し、しかる後東京へ向け出発したことが認められ、これを左右するに足る証拠はない。

ところで、かように個数によらないで重量をもって寄託し、その重量が受託者である倉庫営業者の倉庫において計量できないような場合には、条理上、出庫の際最寄りの秤量所において正規の検量をするについて倉庫営業者の暗黙の了解があったものというべきであるから、寄託者において右検量後遅滞なく寄託物に重量の不足があることを倉庫営業者に通告したときは、たとえそれが出庫後であっても約款四四条にいう「留保しないで受取った」ことにはならないと解するを相当とする。けだし、「留保する」とは寄託者において受取るべき寄託物に一部滅失または毀損があることおよびその概要を倉庫営業者に通知することをいうから、右の一部滅失または毀損が出庫の際ただちに発見しうるものであることを前提としているというべきであり、したがって、本件におけるように、重量をもって寄託し、その重量が受託者である倉庫営業者の倉庫において計量できず、重量の不足があることがただちに発見できないような場合には、右約款の規定は、上記のように合理的に解釈すべきであるからである。

したがって、被告の責任が消滅した旨の主張は理由がないといわなければならない。

4  「賠償額(約款四二条)」について

約款四二条によれば、受寄物の滅失による損害に対する賠償金額は損害発生当時の時価、発生の時期が不明であるときは、発見当時の時価によると定められ、右の損害には「得べかりし利益」の喪失による損害を含まないと解すべきところ、≪証拠省略≫によれば、本件物件二四、一九九キログラムの損害発生時における時価は、その商品輸入代金、海上保険金、運賃および輸入税(五%)の合計金四、〇八五、四八〇円であることが認められるから、本件物件の前示重量不足分八、六〇七キログラムの損害発生時の時価は金一、四五三、一〇六円(円以下切捨て)と認むるを相当とし、他にこれを左右する証拠はない。

三、そうすると、被告は、債務不履行による損害賠償責任があり、この賠償責任は寄託を受けたことに基づき直接寄託者に対し負うものであって、寄託者が寄託物の所有者であると否とにかかわりがないから、原告に対し、右金一、四五三、一〇六円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三九年九月一九日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よって、原告の本訴請求は右認定の限度において理由があるから認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条但書、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉本良吉 裁判官 内藤正久 筧康生)

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